2012年08月01日

2012年08月02日

『 NISHIKIE 』相転移美術とは

TOP SHOP アトリエ

現在、私が取り組んでおりますNISHIKIEに代表される表現手法を
相転移美術 』と、ここに命名します


浮世絵は、浮世絵などでとどまるものではなく
大いなる時代そのものとして存在した何かであり
個々の作品は、その端々に顔を出す何かでしかない
この世の背後に広がるその何かなるものをもって初めて浮世絵ならんとする

浮世とは、現実のことである
色即是空
この世は、うたかたの夢のごとし

多様なる浮世絵の、多様なる様相を
一様なるゆらぎの中へ、相転移させることで
江戸時代という確かなる現実そのものを、ひとつの芸術にまで昇華したい

そんな世迷言が、NISHIKIEなのです






相転移(そうてんい:phase transition)とは

世界大百科事典 第2版より
物質が化学的、物理的に一様であるとき、その均質な部分を相と呼ぶが、一般に物質は、例えば水(液相)が氷(固相)になったり水蒸気(気相)になったりするように、温度や圧力などによって異なる相をとる。このように、物質がある相から異なる相に移ることを相転移、または相変化という。

Wikipediaより
科学的、物理的に均一な物質の部分である相が他の形態の相へ転移することの熱力学あるいは統計力学上の概念であり、それらを発生機構とする物理現象の総称でもある。相転移の発生は特定の原因に由来せず、原子あるいは分子間の相互作用を初めとし、結晶構造や局所構造あるいは磁場や温度・エネルギー分布など、場合に応じて複数の要素が複合的に作用して発生する現象である。

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2012年08月03日

相転移する浮世絵

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さて、これから
NISHIKIEの主題となっている浮世絵について述べたいと思います

なぜ私は、相転移美術のターゲットとして浮世絵を選択したのか?

それはすなわち
浮世絵が芸術として、世界的に認知される歴史的過程において、一度相転移しているという経緯です
そして、NISHIKIEはコンセプチュアルアートというスタンスをもとりますので
相転移美術という文脈が、第一段階として理解しやすいという理由からでもあります

そもそも
浮世絵とは、江戸時代を中心に社会世相、風俗表現したメディアでした
現代における、テレビ、NET、新聞雑誌、広告、ポスター、ブロマイドにあたる娯楽メディアとしての役割を担っていたわけです

現代では、日本のマンガ、アニメ、ゲームなどが、海外においてはクールジャパンと称して、芸術と評価されておりますが
これは、外国語に内容が詳細に翻訳されているとともに、現代美術の持つ価値観がベースにあってのもので、当時とは少し事情が違います

この、江戸時代のメディアとしての浮世絵も、じゅうぶん芸術として評価できるものと私は思いますが
浮世絵が、日本を代表する世界的芸術となった背景は、全く違う文脈によるものです

浮世絵を本当に理解するには、江戸の風俗、歴史文化を理解している必要があると思います
がしかし、当時のヨーロッパにおいては
そのような地域、時代背景を文脈としてふまえず、ビジュアルとして一義に受け入れられたということです

しかも
美術作品として、秀逸であったということではなく
美術手法が、当時のヨーロッパ絵画において、圧倒的に斬新であったということに他なりません

これは、北斎、歌麿、春信らの芸術性がどうのという意味ではなく
ブラックモンの有名なエピソードにある、日本の茶碗、皿などの輸入梱包材としての浮世絵は、写楽、広重、清長ではなく、明治期の二流〜三流とされる浮世絵しか使われていなかったという事実です

それでは、浮世絵がどのような文脈において
西洋美術史における特異点、印象派の成立に多大なる影響を与えたのでしょうか?

当時のヨーロッパにおける絵画事情は
教会をスポンサーとする宗教絵画ではなく
皇帝、王、貴族をパトロンとする宮廷絵画へと移っておりました

さらに、官選であるサロンの権威は絶大なものとなり
さまざまな利権をめぐる弊害がはびこり、不満が噴出します

これらの権威や、諸事情に対抗する形で生まれた絵画運動が印象派です

ヨーロッパ絵画の特徴は、伝統的にリアリズムの追求にあります
宮廷画家としての肖像画制作において、徹底したリアリズム追及はピークを迎えます
時は遡ること19世紀初頭、「写真」が発明されます
それが時を経て進化し、絵画の根底を揺るがすまでに成長します

対象を精密に描写することにおいては、写真にかなわない
絵画は、写真に出来ない表現手法へと向かわざるをえなくなります

そして
そこに現れたのが「浮世絵」だったということです
そしてそれは
彼らの何百年に及ぶ価値観の全否定だったのです

それは
・輪郭線の使用
・単色ベタ構成
・背景の削除
・遠近法の不採用
・陰影法の不採用
etc
これら、リアリズムの常識とは正反対のスタンスに、彼らは可能性を見出します

がしかし、ここからが問題なのですが
これらの作風は、浮世絵の意図とは言い切れないのです
つまり
木版画の版木による都合であったり
ブロマイドとしての都合であったり
さらには、遠近法、陰影法を用いてる作品もあります

どういうことかというと
ヨーロッパで評価された浮世絵は、350年におよぶ浮世絵の歴史の内、30年間に集中しています
つまり
評価された浮世絵は、彼らの都合によるチョイスであるということです

浮世絵が本来内包する、江戸の風俗、歴史的意味などは重要視されず
第一に、作品の持つ完成度を評価したものでもありません
浮世絵の持つ前提的表現手法が、彼らの都合に合致したということでしょう

私は
浮世絵は、まぎれもない芸術だと思います

がしかし
世界的芸術としての浮世絵は、ヨーロッパ美術における文脈によって
同一の浮世絵そのものでありながら
全く違う芸術として、相転移されたものであると解釈するのです

これが私の浮世絵論です
そして
無謀にも、さらなる相転移を試みる挑戦がNISHIKIEなるものです

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2012年08月04日

日本の浮世絵 世界の浮世絵

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本来の浮世絵とは
世界で認知されているようなものとは全く違います
また
我々が知っている、美術館やギャラリーに額装されて展示されるような
教科書に載っているような、芸術作品とは違うものです

「浮世絵とはメディアであった」という話は先にしました
ニュアンス的には
生活に密着した日用品であったという方が近いかもしれません

カレンダーであり、ブロマイドであり
クイズゲームであり、おもちゃであり
広告であり、ガイドマップであり
娯楽雑誌であり、新聞情報であり
政府批判であり、裏メディアであり

江戸の風俗、文化、思想、政治、、、
それはまさしく、日本のアイデンティティそのものであると言えます

それはあたかも
人間が生きるために無くてはならない「水」のような存在であったと言えるのではないでしょうか?

その意味において、まさしく浮世絵は、浮世絵として芸術であると思います

ヨーロッパ美術の文脈により
一点一点の作品を、芸術として扱われることになった浮世絵は
まさに
固体化された水、「氷」へと相転移した浮世絵とも言えるでしょう

どちらが、上とか下とか、という問題ではありません
どちらも、同じ浮世絵でありながら、違う浮世絵の「相」にあるのです

それは、H2Oが
氷(固体)、水(液体)、水蒸気(気体)の三相を相転移するかのごとくに

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2012年08月05日

はじめの、初めに、あるもの「浮世絵」

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創作活動において
純粋なるオリジナリティは、人間の構造的にありえません

前提として
人間は、記憶にあるもの、及びそこから類推できるものしか認識できません
私である自我は、過去の記憶による評価関数でしかないのです

私は日本人です
私の思考は、日本語による評価関数であるため
日本語にない単語の概念は、認識することすらできません

私のすべての認識は
親、学校、地域社会、テレビメディア、書籍などによる経験・教育の蓄積と
日本のもつ歴史、文化、社会、宗教などを基本ベースとして構築されます

私の思考は、その範疇を超えることは、脳の構造的にできないのです

さらに、記憶とは
誕生後の後天的記憶だけではありません
生命の誕生から引き継がれてきた、DNAによる先天的な生物的本能も前提としてあります

生物の前提的本能とは、生存欲、生命の継続欲です

がしかし、
人間の行動原理には、これらは必ずしも当てはまらない
生命とは関係のないエロチシズム
これはまさに、人間が動物ではなく人間たる重要な本能である


さて、「NISHIKIE」における「浮世絵」とは何か?

それは、創作における依って立つ基盤としての象徴です

日本のアイデンティティを
  オリジナルである江戸時代の庶民の暮らしから
  西洋化される明治の文明開化にまたがる時代に見出す
その象徴として「浮世絵」を採用しました
そしてさらに、人間としての象徴が「春画」なのである

江戸時代とは、テレビ、映画、小説で見るだけの特別な時代ではなく
今、現在と地続きでつながる紛れもない日本、日本人、私そのものなのです

そこから始まる、創作がよって立つ基盤
創作の根拠の明確化なのです

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